永らくこちら、はてなのサービスで運用していた「*魂の次元*」ですが、hugo生成の静的サイトとして再出発することになりました。
こちらのはてなサイトは、
https://dimofsoul.hatenablog.com/
として残しておきますが、今後の更新はいたしません。
新サイト
http://dimofsoul.mitona.org/
をよろしくお願いしまーす。
永らくこちら、はてなのサービスで運用していた「*魂の次元*」ですが、hugo生成の静的サイトとして再出発することになりました。
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楽天モバイルのゼロ円プランがなくなって、iijmio と povo が人気のようです。
iijmio のホームページにも2022/5/17付けで、本人確認と商品発送に時間がかかるとのお知らせが出ています。
IIJmio:【解消】お申し込みの集中による商品発送の一部遅延について
さて、実際に2022/5/28 に sim と端末を申し込んで何日で商品が届き開通できるのか、経過を書いてみましょう。
2022/5/28土 に朝早くに申し込んだところ、申込み受理のメイルが届いたのが、お昼ごろ。
本人確認完了のメイルが来たのは、2022/5/31火 の夕方で、3日かかりましたが、土日が挟まってるので、1営業日でオーケーということかもしれません。
sim と携帯はいつ届くのかな。届き次第更新します。
※なお、平常時の開通までの期間についてはこちらが参考になります。
https://joshikikakusa.com/iijmio-device-days/
* * *
久しぶりにこちらに記事を書きました。
今後はぼちぼち更新していきたいなと思っとります。
てなことでみなさん、ナマステジーっ♬
* * *
……と、ひとつ記事を書いたのに、情報の追加もなければ、その後に続く記事もなし。
まったくオイラのやることはこれだからなー。
そんなこんなで今後ともよろしくお願いしまーす。(2023-02-09 北インド・デリー郊外のヒンドゥー寺より)
牧野信一『「悪」の同意語』を読んでいる。
牧野は大正から昭和初期にかけての、太宰より一回りちょっと歳上の「ダメ作家」の先輩で、『「悪」の同意語』にも、思わず苦笑せざるを得ないようなダメ人間ぶりが、主に家族との関係を通して徹底的に描かれている。
これを読むと、ぼくのダメダメな人生など、まったく中途半端なものでしかないことを思い知らされ、21世紀初頭のインドの片隅でぷちブル的貧乏生活を送っている自分自身に、限りない幸福を見い出せるような気持ちになるから、可笑(おか)しなものだ。
☆牧野信一『「悪」の同意語』 (2002 青空文庫オンデマンド)
https://amzn.to/3xxhFUC
中村篤史氏は、神戸市元町で「内科・心療内科・精神科・オーソモレキュラー栄養療法」のナカムラクリニックを開業しているお医者さんですが、反コロナとでもいうべき立場で、note.comに投稿を続けていらっしゃいます。
https://note.com/nakamuraclinic
この記事では、氏が4/5付けで書いたのちにすでに削除してしまった「教授からの電話」という投稿を全文引用させていただきます。
著作権法上の制限から、予告なく削除する可能性もありますので、あらかじめご了承願います。
横光利一の「欧洲紀行」を読んでいる。
1936年のベルリン・オリンピックの取材がてら、船でフランスに渡り、ヨーロッパ各国を見聞し、シベリア鉄道で帰国の途、内モンゴルの満州里に到着するまでの思索的な紀行文である。
続きを読む仏教の教えは、人生で出会うあらゆることが「苦」を生むという事実を確認することから始まります。
その上でその「苦」を乗り越えて「涅槃」という絶対的な安らぎの境地を実現する具体的な方法としての「八正道」が説かれます。
この記事では「苦」というものが、「どんなに満ち足りても満足することができない人間の限りない欲望」を原因とすることと、それを解決するためには「今ここをいつも意識する」というマインドフルネスの方法論が有効であることについて、
「予測・満足・制御の不可能性」という観点から説明します。
ベトナムの禅僧ティク・ナット・ハンはマインドフルネスがアメリカの精神療法に取り入れられるきっかけを作ることになった人物である。
マインドフルネスと並んで彼が提唱している重要な概念がインタービーイングであり、日本語にすれば「相互存在」というところだろう。
インタービーイングという言葉は「この世界の中の存在は、個別に独立して存在しているのではなく、相互に依存しあって存在している」ということを意味している。
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